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# 接近者──ちょっとピンぼけ














| comments(1) | trackbacks(0) | 22:24 | category: 旅・旅・旅 |
# 水母──ちょっとピンぼけ(2)








| comments(0) | trackbacks(0) | 22:20 | category: 旅・旅・旅 |
# 水母──ちょっとピンぼけ(1)














| comments(0) | trackbacks(0) | 22:17 | category: 旅・旅・旅 |
# 沖縄備忘録の一部
前回来たのは昨年のいつだったか忘れたが、沖縄に来ている。今回は大学での仕事だったのだが、本物の大学の先生がいない間、掃除のおばちゃんが入っており、机いっぱいに広げた標本に興味津々。小さなおばちゃん2人が「先生、これは何なんですか?」と好奇心いっぱいに尋ねてくる様は、年上とはいえ可愛らしく、色々教えてみた。先生と呼ばれるのって、いいな。

その後、浜辺に立ち寄る。調子に乗って探検していたら、足元をだいぶ濡らした。海洋漂着物、多々ゲット。青い鳥の羽、珊瑚、貝、そして何の骨だかわからないけど、かなり骨太な何かの骨。

ところであたしは一昨年くらいから民芸を巡る旅をしているのだが(誰も知らないだろう)、現在の民芸を語る上で欠かせないのが、読谷北窯。ふらりと立ち寄った陶器の店で、以前、北窯に行ったことがあると話したら、沖縄のいろんな作家さんを教えてくれ、沖縄の焼きものの流派や作家の作風を学んだ。非常に有意義だった。同じくらい、説明をしてくれたお兄さんが若くてイケメンで美を解する面差しだったのが好ましい。

泊まっているのは昨年オープンしたばかりの国際通りのホテル。一番安い部屋をリザーブしたにも関わらず、ダブルのいい部屋にアップグレードしてくれていた。アメニティもボディタオルまで完璧な上、女性のみのアメニティセットもくれた。さっそく先ほど、エモリエントマスクで肌を潤わせてみた。

夜は、前回来た店に行ったら、そもそも安いのにあらかじめまけてくれてた上に、1000円まけてくれた。たらふく食べて飲んで2000円以下だ。最初は「地元のヒトでしょ?」と聞かれ、「観光のヒトー」と答えたのだが、我々の佇まいと料理のたのみ方が地元っぽかったらしい。なんだかうれしい。

沖縄。まだ3回目だが、初めてその土地に立ったときから懐かしい気持ちのする土地だった。さらに言えば、まだ見ぬ子供の頃から強く親近感を抱いていた。単に非常に呑気でルーズな性格に、この土地のゆるさがあうのかも。

しかし、今日は4時起きだったので、早く寝なくては!
| comments(2) | trackbacks(1) | 00:56 | category: 旅・旅・旅 |
# コペンハーゲン街歩き(その他)
正直、あんまり時間がなく、買い物も街歩きも不十分だった。まあ、観光で行ったのではないので仕方あるまい。そんな中で撮ったもの。正直、我ながら何を伝えたいかわからない写真が多いのだが、これもかけがえのない時を過ごした名残りとして掲載。


かわいいポスト。郵便局ではポスト型の貯金箱もあった。


正面はフレデリクス教会。ノルウェー産の大理石でできたバロック式の教会。手前のピンクのシャカシャカを着ている東洋人ではあたしではないし、連れでもない。


アマリエンボー宮殿の広場には衛兵がひとりいた。しかし、ロンドンのそれのように頭のてっぺんから爪先までピンと伸びている様子もなく、たるそうだった。よって、撮影はしいてやらんことにした。女王陛下が宮殿にいる時のみ、楽隊を先頭にした衛兵たちの行進がみられるそうだ。で、空にそびえるこの騎馬像は、この宮殿の造営者フレデリクス5世らしい。先ほどのフレデリクス教会とこの宮殿の設計者は同じ人。



街の中心部しか散策してないのだが、魅力的な屋台はこれだけだった。木の実&ドライフルーツ。手を伸ばしたくなる誘惑にかられる。


なんでここまで水平でないのか。撮影者の体が曲がっていたのだろう。旧証券取引所の建物を横から。市内随一の装飾の美しさを誇るようだが、正面に向かわず急ぎ足で去る。ぐにゃぐにゃした尖塔は、実は4頭の竜が絡み合う意匠。竜は神話の中で商業を司っているんだとかなんだとか。ご存知の方は教えていただきたい。


チボリ公園内ではない。チボリ公園は冬季休業らしいのだが、ハロウィン時のみオープンする。しかし、その日、我々はここにはいない。チボリ公園といえば倉敷だね。この話は追々。
| comments(2) | trackbacks(0) | 12:34 | category: 旅・旅・旅 |
# とりあえずニューハウン
カラフルな家が建ち並ぶ港や水辺沿いの風景、というティピカルなヨーロッパの風景に弱い。17世紀に築かれ、世界中の船乗りが集まったというニューハウンもそんなエリアのはずだった。レストランやカフェが建ち並び、アンデルセンも好んだというエリアに行った。もっと広いエリアなのかと思ったら、思わずして短かった。


赤字に白十字というデンマークの国旗は、オーストリアやスコットランドの国旗と並び、現在使用されている国旗の中で世界最古だという。ちなみにあの十字はスカンディナヴィア十字というらしい。


色の関係上、逆から見た方がきれいだったかな。


カナルツアーに乗り込む観光客。真ん中の頭の薄いおじさん、カメラをガン見。


船の中に薄汚れたフクロウのぬいぐるみがあったのがラブリー。


こんな感じでオープンエアのテーブルが並んでいるのだが、あまりにも観光地然とした佇まいに、オープンエア好き(屋台含む)のあたしにも響かない。

実はここに着いたとき、鼻孔の奥にフッと神田川の匂いを感じた。お茶の水橋あたりのそれで、ああ、海の匂いが混じってるなと思ったのだが、その後、その匂いはしなかった。いったい、あれは現実か妄想か。
| comments(0) | trackbacks(0) | 11:19 | category: 旅・旅・旅 |
# ガッカリのためのてくてく散歩
絶対にガッカリするよ、と言われているものがある。そんな素晴らしくガッカリするものってどんなものかと思う。たいへんガッカリするのも、ある意味、人の心を動かしているものなのではないか。でも、大きなガッカリを期待してはいけない。だって、期待するとガッカリするんだから。そう考えると、ガッカリを期待してガッカリしにいくというのは、随分とねじれた行為なのではと思う。

朝、起きて朝食を食べて外に出た。誰がいうでもなく方向は決まっていた。「じゃあ、まずはガッカリいきますか」「ええ、ガッカリしときましょう」。非常にフラットな心持ちで、初めての街を歩き始めた。街一番のメインストリートであるストロイエを歩く。ジョージ・ジェンセンにロイヤルコペンハーゲン本店、高級ブランド店が並ぶとはいえ、雑然とした通りの様子には背筋が伸びる感覚もなく、田舎の商店街を歩いているような気さえする。


こっちの鳩は軒並み重量オーバーのメタボ体型


ガッカリに至る風景。


ガッカリまでの道のりはひたすら長い。何もないから妙にフラットな心理状態に。ストイックともいえる気分で目的に向かって進むことに。


色づいた木々が美しかった。天気もいいね。


韓国人ツアー客が写真撮影にはしゃいでいた教会前。実はこの教会にではなく、写真に写っていないゲフィオンの泉の前での記念撮影が意味不明にアツかった。スウェーデン王に「ひと晩に耕せるだけの土地を与える」と言われ、4人の息子を牛に変えてひと晩耕作させたゲフィオン母さんが、牛(息子たち)を鞭で打っている像だ。これは我々に何を伝えてくれているのか。勉強不足につき不明。


あ、あれでは?ちっちゃいー。


日本人ツアー客にまみれて近寄る。日本のご婦人が「憂いのある表情がとってもいいわー」と感激していた。30年後にはそういうことが素直に言える人になりたい。


人魚姫に見えるでしょうが、実はあたしが真似してるだけです。というのは嘘です、いうまでもなく。実はこの像、腕が切断されたり、ダイナマイトで爆破されたり、違う意味でもガッカリな代物。さんざんな目にあっている苦労人でもある。どこまでも苦しめられる人魚なのだ。

結果、ガッカリするために来たので目的は果たせたので、記念に征服の一服を。「人魚姫ってたしか哀しい話でしたよね」「アンデルセンの童話って哀しいのが多いんですよね」と会話するも、そこから膨らまず、一服の後に退散。

実はこの時、あたしの頭に浮かんでいたのは、小川未明の「赤いろうそくと人魚」だった。うちは母がダウナー気質なためか、読み聞かせてくれたのが小川未明のこの作品だったり、庄野英二の「星の牧場」だったりしていて、子どもの頃のお昼寝のひとときはそんなトーンの低い物語とともにまどろんでいた。親のせいにするわけではないが、今もって派手な物語が苦手なのはそこにある気がする。

さて、アンデルセン。こうやってラインナップを見ると、やはり素晴らしい作品が多い。ダウナーな子ども時代、「マッチ売りの少女」の後半が好きだったなあ。「雪の女王」もいい話だった。基本的に暗いのです。あたしも。
| comments(5) | trackbacks(0) | 03:01 | category: 旅・旅・旅 |
# コペンハーゲンにやってきた
市原隼人のやんちゃっぷり、同じ歳だったら好きにならないだろうけど、おばちゃんになるとどうも可愛くみえて仕方ない。しかし、実は歳に関係ないようで「ワルっぽいから、あんまり好きでない」という人間もいる。でもさー、男の子はやんちゃなとこがないとさー、と朝から母親を捕まえてどうでもいい話をしていたら、京成スカイライナーに見事乗り遅れた。

ANAでの至れりつくせりのブロイラー状態を経て、ヒースローでSASに乗り換え、先ほどホテルに着いた。ANAの機内食はハッシュドビーフを選んだにも関わらず、蕎麦も着いて来た。当然ながら蕎麦汁は別添、わさびと刻み海苔も別添。この仕組み、よほど日本通の外国人でないと、外国人は対応不可能ではないかといらぬ心配をする。食べている途中にハーゲンダッツのアイスクリームを渡され、溶けちゃうじゃん!と憤慨したが、ゆっくり機内食を食べた後で丁度いい固さになっていた。冷凍に秘密アリ、か。素晴らしい。

かつてはヒースローの免税で化粧品やら香水やらにしこたまお金をつかったものだったが、おとなしく見るのみに抑え、結局スタバのラテを飲みながら、無線LANでメールチェックなどをした。働く人のようだ。どうでもいいがiBookG4は重く、今日の疲れのほとんどはこれを肩にかけていたための疲れだろう。

コペンハーゲンの空港はデザイン的に美しく、置いてある椅子やベンチもことごとく美しい。アレはデザイナーモノだろう。町並みにも西欧ほどの重厚さはなく、むしろ洗練されている。
ロンドンーコペンハーゲンは2時間。機内は出張のビジネスマンらしき客で埋まっていたが、みんなすっきりっしたいい見栄えをしていた。

こちらに着いたのが0時ちょい前。まだコペンハーゲンでやったことといえば、ホテルのチェックインとチェックイン後のスモーキングルームへの部屋替え交渉(空き部屋なく敗退)、歩いて3分のところのセブンイレブンでのお買い物(ビール、クッキー、乳製品、水)くらいである。明日は一日ブラブラする予定。では、おやすみ。
| comments(6) | trackbacks(0) | 08:05 | category: 旅・旅・旅 |
# 支笏湖畔の盆ダンス
まだ小学生の頃の話。4畳半と6畳がつながった和室があり、4畳半に弟が、6畳にあたしが寝ていた。ある晩、今から思えば「さあ、もう1軒行くか!」だけど、小学生にとっては真夜中に当たるような時間帯のこと。隣の部屋の弟が「鐘の音がするよ……」と、不安そうに声をかけてきた。「ええ?全然聴こえないよ。鐘の音ってどんな?」「ボーンボーンって……聴こえないの?」「うん、全然聴こえない」。そう言って、あたしは布団の中に隠していたポータブルテレビのスイッチをそっと切ったのだった。何の番組だか知らないけど、寺の鐘の音が聴こえたので、こりゃいいと思って咄嗟に布団の中に隠したのだった。

しかし、そんな悪意のない姉の悪戯も、弟にとっては人生最大の怪奇現象となった。弟は時折「あの時は怖かったよ。あれ何だったんだろう?」と言うのだが「ああ、何かそんなことを言ってたことあったよね」で突き通していた。しかし、それから十年以上経ったある日、とうとうネタをバラしてやった。あの時の弟は烈火のごとく。たいへんに怒ってました。

なんでこの話を思い出したかと言えば、先日skypeで友人と話していた時のこと。もっともskypeで話すのはほとんど皆無なのだが、年に数回ほどそういうことがあり話していた時に、たまにノイズが入る。そのノイズは鈴の音だ。遠くからシャンシャンシャンシャンという、ちょうどサンタの乗ったソリを引くトナカイの鈴の音と一緒なのだ。実際に、それを耳にしたことも見たこともないけども。で、その鈴の主が段々近づいてきたなあと思うと、また遠くへ去っていく。そんな鈴の音で、それが数回繰り返される。skypeで通話していると、よくあること。もちろんただのノイズで、さっきネットで見たらほかにもそれを聴いている人はいるんだけど、何かこうね、気配、というか空気の固まりみたいなものを感じないでもないのね。うそだけど。で、話を戻すと、会話してる相手が「なんか音聴こえない?」というので、咄嗟に「いや、あたしには聴こえないけど、どんな音がするの?」と言おうとしたけど、弟のことを思い出して速攻改心し「聴こえるね。鈴の音が」と素直に言ってみた。大人への階段を登った気分。

広い場所で、遠くから聴こえて来る音が結構好きだ。例えば土手で聴く、遠くのグラウンドの野球をする少年のかけ声やボールを当てた時のバットの音。そこにボートのモーター音や人の名前を呼ぶ声、小さい子のはしゃぐ声、鉄橋を渡る電車の音がかぶる感じ。例えば砂浜で聴く、遠くにいる子ども達の嬌声。波の音や安っぽい歌謡曲、いろんな音が混じる感じ。すべての音は遠くから来て、広い空に拡散していく。自分にとって一番心地のいい音って、そういう音だと思う。音自体がどこかに吸い込まれていくようで、自分も吸い込まれてしまってもかまわないけど、ここに在る。つまり、内と外、自分と世界との境界線が曖昧になるような立ち位置に、その音が運んでくれるのだ。そんなことを書いているのは、さっき、「魚座の人間は自分と他者との区別が曖昧です」という星占いを目にしたからに違いないんだけど。

数年前、北海道を旅した時のこと。あれは支笏湖だったか、何湖だったか。夜に辿り着いたはいいが、湖まで数mという湖畔というか水際のキャンプ場には、夏だというのに数張のテントしかなかった。周囲には深い闇が広がっていた。お腹が空いたが、店がどこにあるかもわからないし、少なくともコンビニのようなものはなかった。「どうしようねえ」と目の前に漆黒の闇とともに広がる湖面を眺めながら一服していると、遠くかなたから祭りのような音が聴こえてきた。「祭りやってる?」「祭りに行けば食べ物がある!」と、すぐさまバイクで音の聴こえる方向に真っ暗な道を走った。湖周辺をぐるりと回って辿り着いたところには、大型ホテルがいくつかあった。その狭間に閉店間際の酒屋を発見し、ワインとビールとつまみを買った。音の源はその近くの広場にあった。ちょうど盆踊りの日だったのだ。

会場に足を踏み入れると、町の青年部のような男性が、プラスチック容器に入ったビールをくれた。今まで食べたことのないくらいに甘いトウモロコシを食べた。近くのベンチに座り、盆踊りを眺めながら呑み喰いをした。合宿か何かでこの地に来たと思われる女子学生たちが、揃いのトレーニングウェアで楽しそうに踊っていた。明るい提灯に照らされて櫓の周りを踊る人々と、少し離れたところでそれを見ているあたし達の間には、隔たりがあった。数メートルの距離なのに、別世界の幻を見ているような不思議な感じがした。そして、あたしたちの後には深い深い闇をたたえた湖が広がっている。振り返らずとも、その存在を感じる。ギリギリの際(キワ)にいるような感じだった。その時、目の前で繰り広げられていた盆踊りは、半時計回りだった。「たしか盆踊りって、あれだよね。精霊絡んでるよね」「反時計回りってことは、逆の時間の流れってことか?」しばし、ふたりで盆踊りについて根拠なく話していた。「帰ったら、盆踊りについて調べよう」と言ったが、それからとくに調べてはいない。調べ始めるとズブズブといきそうな世界ではある。

テントに帰ってから酒盛りをした。適当に散らかしたまま寝ていたら、朝、ゴソゴソと音がした。外に出ると、猫が慌てて去っていった。しかも、鮭とばを袋ごとくわえていきやがった!さらに、あたしの寝袋の袋もなくなっていた。

オカルト的な話ではなく、何だか妙な境界にいるような心地のする場所がある。何が起きているとか何がいるとか、そういう話ではない。この湖畔での思い出はそうしたもので、その類いの記憶をたぐりよせ、それらの空気を思い出すのが、あたしの好きなことのひとつだ。なんか暗い?でも、今日も闇はすぐそこにある。
| comments(2) | trackbacks(0) | 03:11 | category: 旅・旅・旅 |
# 湯守のおじさんに会う
何でもいいから毎日何かを書いてみよー!という壱週間だったはずだが、月曜から酔。よって火曜朝。ではでは先週万座に言った時の話を。

せっかくだから草津に寄ってこう!と万座のバス停でバス待ちがてら、プリンスホテルでぷらぷらしてた時、ひとりのおじさんが「今日はいい天気だねー」と話しかけてきた。「ほんといい天気ですねー」とすれ違い、バス停に行くと、おじさんがいた。「どこから来たの?」というので「東京」と答えたら、「オレも東京だけどさ、東京のどこ?オレは浅草」というから、実家の場所を告げると、おじさんの地元と3キロも離れておらず「近いねえ」となる。同じバスに乗った。

おじさんはあたしたちの止まったホテルの湯守をしているらしい。と、これ以前の万座の話はのちほど書くつもりではあるけれどもね。源泉がいっぱいあるから温度調整たいへんでしょう。なんか○○湯は、入るたびに温度違ってました。と言うと、あれはね、ホントに難しくてね。ほかの湯は今、コンピュータで制御してるんだけどねえ。あの湯には苦労するよ、と遠い目をした。日本屈指(言い過ぎか?)の“効く湯”は、人の意のままにならないわがままな王様だったというわけだ。成分の強いその湯に当たっていると、服に穴があいてしまうのだという。有毒ガスも発生する。「今さ、硫化水素自殺が多いでしょ。ここくれば一発なのにね」とおじさんは笑っていた。実は、ここにいる間、あたしもずっとそう思っていた。

「先週、三社(三社祭)だったでしょ。帰りたかったんだけどね、なかなかね」「仲間たちから帰ってこいって言われるけどね。二日の休みくらいじゃ正直ねえ」「おとりさま(鷲神社の祭り)には帰りたいんだけどねえ」そんな言葉を吐くたびに一瞬遠い目をする。きっと一番好きなのは浅草なのだ。おそらくうちの父親より上の世代だが、ヒップホップ風のファッション(下町オヤジからヤンキー県のちょい悪オヤジには多い)に、太い指輪や大ぶりなネックレス。私達がいた2日間はちょうどおじさんも非番らしく、非番の日は昼から酒を呑んで過ごすのだそうだ。すでに呑んでいる風ではあったが、休日は白根火口へ行くそうだ。もう3年も万座にいるらしい。

窓から外を眺めていたおじさんは「あ、あの雲。すいとんみたいだなあ」と笑って指を差した。見れば厚手の雲が空に浮かんでいる。「おいしそうだなあ」と手を伸ばし、つかんで口に入れる真似をした。ちょっと照れくさそうだった。「若い人はすいとんなんて食べたことないでしょ。オレの小さい頃は、母親がよく作ってくれたんだ。『また、すいとんかあ』って思ってたけどね、今思うと懐かしいよなあ。母親がね、手でギュッてこねてね。すいとんに指の跡がくっきり残ってるんだよね。あはははは」

バスが白根火口に着いた。そこにはレストハウスがあった。「あそこでたこ焼き買ってビール飲むの。美味しいんだよ。焼きそばもあるし、なんでもあるの」とおじさんが車内から指を差す。そして次は右側に広がるミニ湿原を指差し「一杯飲んだらあそこのベンチで寝るんだ。あ、ベンチ埋まってるなあ…」。バスのドアが開き、おじさんが立ち上がった。「よい休日を!」「また万座で会いましょう」と言って別れた。
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