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# 米田知子展@原美術館(後編)
ではでは、後編。

■立ち上がる都市
イタリアの未来派の芸術家ボッチョーニの作品「立ち上がる都市」からタイトルをパクった(本人談)シリーズ。機械産業が目覚ましい発展を遂げた、まさに未来派の理想が現実になりかけた(←テキトーです)1930年代くらいの工場の今を写している。その頃に開業したイタリアの繊維工場は今は廃墟になり、ジプシーが住み着いている。彼らの生活用品が床に置かれている様子を撮った静物画ならぬ静物写真となっている。廃墟となった鉄鋼所にはずらりとタイムカード(?)が並んでいる様子からは、現実には見えないはずのかつての活気のある工場の気配を濃く感じる。話は逸れるが、個人的に1920年代前後の美術が好きだ。明確な思想が羨ましくもあり、まだ見ぬ未来に向かっての前向きな創作意欲は今考えてもアバンギャルドだ。MAVOなど同時代の日本の芸術シーンも興味深い。しかし、時代の熱は時に間違った方向に事を進める。現在の熱は、いったいどんな熱だろうか。と、この展覧会に関係ないけど呟いてみた。

■信じがたきものの断片
一目見ただけでは一体何を写したものかわからなかった。タイトルを見てもピンとこなかった。「アドルフとエヴァのソファ」と「A.H.のかけら」の2作品での主役は、アドルフ・ヒトラーだった。降伏の前々日、ヒトラーとエヴァは地下壕で挙式し、その翌日、2人は自殺しソファに倒れた。ヒトラーの遺体が敵の手に渡るのを免れたいドイツは、大量のガソリンをかけて焼却されたが、あとから見つかった頭蓋骨の部分はモスクワ公文書館に保存されている。悪夢のような歴史の断片。

■見えるものと見えないもののあいだ
通称「眼鏡シリーズ」と呼ばれているもので、「シーン」と並ぶ米田さんの代表作。歴史上の人物が実際に使っていた眼鏡を通して、その人物に関係する手紙を撮影したもの。マハトマ・ガンジーの眼鏡から「沈黙の日」の最後のノートを、フロイトの眼鏡からユングのテキストを、マーラーの眼鏡から交響曲第10番の楽譜を、ジョイスの眼鏡からシルヴィア・ビーチへの手紙を、など。眼鏡を通してテキストのどの部分に焦点を合わせるかは、学芸員などと相談して選んでいるそうだ。残念ながら、外国語のテキストが読めないし、何が書かれているかという情報は展覧会にはない。しかし、ひとつだけ読めたのは谷崎潤一郎から松子夫人への手紙。忘れてしまったが「わたしをいやしいと思わないでください」というような文面だったと思う。カメラ&眼鏡という装置で、見る側(眼鏡の持ち主)に否が応にも寄って見てしまう。今まで見えてなかった見る側の思いに寄ってしまう。寄ったところで大した基礎知識もないので寄れる範囲は限られるし、言ってしまえば本人のみぞ知る領域なのだが、こうして考えると米田さんの作品はすべて何かに“寄る”という行為にひたすら誠実な気がする。ちなみに今展覧会の初出品されたのはブレヒトの眼鏡を通してみたベンヤミンの献辞。ブレヒトの「三文オペラ」の「人間の努力の至らなさの歌」からの一文だったっけなあ。ナチ台頭の時代に書かれたものだ。

■パラレル・ライフ
今回の展覧会のために撮られたシリーズ。ゾルゲを中心とする国際諜報団の密会場所を撮影している。このシリーズはサイズが小さく、ソフトフォーカスのような写真。古いカメラをレンズの汚れもそのままに、リタッチせずに使ったのだという。また、写真の小さいサイズも小さい方がスパイにふさわしいだろうとも。密会場所になっているのは、東京宝塚劇場、上野公園、平安神宮、帝国ホテル、東京都美術館、小石川植物園、六甲山など、メジャーな場所だ。普通の人々が行楽やらで訪れる一方、パラレルな世界では諜報のやりとりもあり、歴史が動いていたというわけだ。そういう目で見ると、場所の風景がガラリと変わる。実際に諜報団の誰が会った場所かも書いてあるのだが、いろんな視点に乗り換えるのって面白い。ちなみに上野動物園に写っているのはパンダ。期せずして、先きの冬に亡くなったパンダの写真を見ることとなった。

■雪解けのあとに
ソビエト連邦に翻弄された時代を通過し、劇的に変化したハンガリーとエストニア、2つの国を撮影したシリーズ。ハンガリーは水を、エストニアは森をモチーフにしている。ハンガリーではかつてスターリン・シティと呼ばれた町の室内プールの恋人達や、泥風呂に健康増進に務める中高年が水着姿で集う様子を、エストニアではレジスタンス活動を続けていたフォレストブラザーズを支援する農家の前に立つ人、窓から臨むソビエト国境警備所など。

■ワン・プラス・ワン
北アイルランドのカトリック側、プロテスタント側を撮影。

展覧会の内容は以上おわり。いろんな発見があったので、感想文も残したいんだけど後日。
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# 米田知子展@原美術館
原美術館に「米田知子展」を見に行った。米田さんはロンドンに拠点を構えて活動する写真家で、昨年はヴェネツィア・ビアンナーレにも出展している。今回の原美術館の展覧会は彼女の作品を初期から最新作までが集められた内容で、米田知子という作家を知らなくても彼女の活動の全容を(大まかに)知ることのできる展覧会となっている。ちなみにあたしは存じ上げなかった。初めて写真を拝見した時、撮影対象と距離を置いて観察するような視点とそこに写された情景のなにげない具合がとても印象的だった。好みでいえば、どこにでもあるようななにげないよう情景なのになにげなくなさを感じさせる写真というのは好きなのだが、彼女の写真も、その写真が何かを言いたいようなモゾモゾとした触感があった。しかし、その写真は何事かを隠しているわけではなく、タイトルを見れば一目瞭然だったのだ。なにげない風景は、過去に歴史の舞台となった場なのである。

今回の展覧会のタイトルは「終わりは始まり」。こういう時代だからこそ、オプティミスティックに希望をもつような作品をつくりたい、と米田さんは言う。各シリーズについてメモ書きを記します。

■トポグラフィカル・アナロジー
アパートの1室と思われる壁の、熱でゆがんだ部分やめくれた壁紙などを切り取った写真。場所性はなく、名もなき人たちの生活の痕跡と時間の流れを忠実に撮影している。しかし窓の位置等は変わっていないので、光などの映像に対する条件は当時のままだ。このシリーズの中の「ボードルーム」という作品だけ、床に何かが散らばっていた。撮りたい空間との対話の方法として、当初は自分が持ち込んだ物を並べ、フィクションを作っていたのだという。しかし、作り込まなくても建物に記憶が残っており、それを撮ればいいことに気づいた。彼女が終始意識しているのはトランジションだ。

■シーン
このシリーズは「一見なにげない山野・海浜・市街地などの情景(=scene)を写した」作品であり、その舞台は「歴史の一齣の舞台となった場所、国家・民族・社会の集団的記憶と結びつく地点」だ。例えばキャパの写真でも有名なノルマンディ上陸作戦の海岸は、現在はよくある観光ビーチとなっている。北朝鮮を臨む中国の半島から撮った写真には小さな結婚式のボートが映っている(国境の橋を撮ろうとしていたら、たまたま通りかかったらしい)。またサラエボのサッカー場は地雷原であり、ベンチでカップルが語らう場所は韓国の非武装地帯。深い森はソンムの戦いがあった森であり、上に向かう砂利道が伸びる南国の道は、サイパン島玉砕の崖に向かう道……という具合に、なにげない風景は負の歴史を背負った場所だった。ちなみにサイパン島の作品は、藤田嗣治の戦争画
(『サイパン島同胞臣節を全うす』)を見て、そこの場を見たくなったそうだ。このテーマは今後も続けていくであろうものだという。一連の作品は、展覧会のタイトルでもある「終わりは始まり」(始まりは終わり)を端的に示している。

まだ途中だけど出かけるので、続きはあとで。

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# もろもろメモ
昨日はKがBRUTUSの副編集長がやっている「フクヘン展」に誘ってくれた。行く気マンマンだったのだが、会社を出る直前になって、急遽いわゆる“待ち”の作業が発生し、遅れた。間に合わなかった。では、ご飯だけでもと思ったのだが、お目当ての店は満員だったらしく、結局、家に帰ってニュースを見ながら夕飯を食べていた。そこで耳に入って来たのが「夜9時半から福田首相が緊急記者会見を開く予定です」の一言。俄然祭りモードにシフトチェンジ。夕飯と記者会見の間、朝刊を読んだり、本日の首相の動きをチェックして待つ。記者会見では、福田という人間の性格が端的によく表れていた。決して褒められたことではないが、安倍の後、登板したこの人がこういう結末を迎えることは、あの時に予見していたシナリオの2つのうちの1つだったような気がする。とにかく、もう辞任したのだから、そこにピーピー言っても仕方ない。前に進もう。で、その前というのは目前の次期首相に関しての党内の様々な動きのことではない。政治の権力を巡る駆け引きというのは人間臭く、関係ないものにとっては胡散臭く、観察対象としては妙に魅力的なのだが、それではない。しかし、なんであの森が長年こんな役割を担っているのかねえと思う。そこがもうね、だめだ。自民は。

で、話を戻すと、20時に終わる「フクヘン展」に行けなかったということは、17時に最終日を迎えた「デザイン物産展」にも行けなかった。時折、ナガオカ氏のブログは読んでいるので、この準備にたいへんな労力をかけているのは知っていたが、日数があまりに短くて残念。先週、このサイトを見ていたのだが、サイトからよく伝わってこなかったのが、
普段ナガオカ氏が批判している地方のジャパンデザイン振興、なんだか単語を忘れてしまったのでちょっと違うかもしれないが、要は「デザインで地方を盛り上げよう」という官主導の流れがあって、助成金を出してくれたりするのだが、結局は東京から著名なデザイナーを呼んだり、馬鹿に高いデザインフィーを払ったりして、その冠でデザインに箔をつけてるだけのような動きがある。冠はともかくとして、とりあえずイマドキ風なデザインに代わり、デザイン工芸としてわかりやすく注目を浴びる。結果として見た場合、それと今回の展示はどう違うのだろうか、というのが一番見たかった部分だった。行かれた方、どうだったのでしょうか。

デザインバブルはまだまだ続いているのだろうか。一連の動きの中で、自己主張するだけのデザインが悪いデザインとして認識されるようにはなってきたと思う。でも、今も溢れるデザインという言葉に、あたしのような一般人は辟易する感がある。便利な言葉に寄っかかり過ぎて、あらぬ誤解を生んだ例だろう。いろいろ教えて欲しいことがあるのだが、時間がないので次回。

| comments(2) | trackbacks(0) | 10:02 | category: 美術 |
# 売れるBT、謎のデスクトップ。
先週、本屋に出かけた際、雑誌4冊抱えながら尚も強欲に文芸書を立ち読みしていたところ、後の方で探し物をしていた店員さんがレジに向かって呼びかけた。「『美術手帖』、この棚ですよねー?」。「そうよー、1冊残ってるでしょー?」とレジからの返事。ドキッ。あたしだ。実は美術手帖、この日が発売日だった。いつもなら数冊あるのに、今日は1冊しかなかったのだ。申し訳ないので後を振り返り「すいません、実はあたしが抱えています」と伝え、その横に立っていた美術手帖を探しに来た女性にもペコリと謝った。

美術手帖はここだけの話、編集スタッフになりたい気持ちもあるほどで、ほぼ毎月買っている。今回の特集は「今、アートを買うということ」。個人的には現実味がなくあんまりそそられなかった。それなのに、なぜ発売日にしてここでこんなに売れているのか。「アートを買う」ということに世間の関心が高まっていることは見聞きしている。この本屋のビルの上には大手広告代理店も入っているので、そういう流れに敏感な人は多いだろう。しかし、それにしても……と、なんだか腑に落ちないままだった。

昨日、その美術手帖をパラパラ見ていたら、ふと、あるアーティストのポートレートが目に入った。かわいい若い男子である。おっ!アート界もアイドルが必要だよなあ!手が止まる。さて、かわいくて若いだけなのか、本当に実力もあるのかしら?というイジワル心でページを繰って、扉のページまで戻ったところ、こりゃ嵐の大野智ではないか!ああ、そういえばニュースの見出しでこのニュースを見たような、と思い出した。となると、美術手帖が少なかったのもそのせいかもしれない。そういえば、あの女性。その時、美術手帖を探していた女性はあたしより10歳くらい上の感じの普通の穏やかそうな女性。あれは嵐のファンだったに違いない。謝った時もたいへん感じがよかったし、目に何かメッセージを感じたのだ。今から思えば、である。今から思えば「あ、あなたも大野くん目当て?あたしもなの。ふふ。」という親しみだったのかもしれない……妄想。

かくしてお目当ての大野くんの記事(うそ)を読んでいたのだが、ここであたしはまた驚いた。先月くらいから同僚がデスクトップにしていた画像がそのページにあったのだ。その画像をデスクトップで見た時、妙に心に引っ掛かるもんがあり、「この画像って何?」と聞いたら「好きなアーティストの作品なの。この前、作品集が限定で出たんだけど、手に入れられなくて……」と言っていた。そのくらいのアーティストだったら名前知ってるんじゃないかなと思い「誰?」と聞いても、なんだかモジモジして教えてもらえなかった。まさか、ここでそのアーティストを見つけるとは。

なぜか売れ行きのいい美術手帖、同僚のデスクトップの謎のアーティスト……全ての謎は大野智に繋がっていた。そして全ての謎が解けた今、あたしの興味の対象は大野智へ。作品を見に、表参道ヒルズに行って来ようかと思案中。
| comments(8) | trackbacks(0) | 21:31 | category: 美術 |
# 芹沢げ陲離レンダー
年末に、とある文房具店でたまたま見つけた芹沢げのカレンダーを買った。自分用に1つ、この感じが好きそうな友人用に1つ。年が明けてから、再びこの店に行った際に「芹沢げ陲離レンダー、友人にあげたらとても喜んでもらえた」と話したら、しばし芹沢げ陲力辰砲覆蝓芹沢げ陲瞭箪犬世辰榛鯒の12月号の「民藝」を見せてもらったりした。お店の人の1人は静岡の芹沢げ霹術館にも行ったことがあるそうだ。さっそく「民藝」を取り寄せた。

たしか昨年どこかで芹沢げ陲療戸会をやっていて、行こう行こうと思いつつ、毎度のことだが、気づいたら終わっていた。しかし、鹿沼の川上澄生美術館に行って川上澄生の細君が芹沢げ陲旅房に通っていたことを知ったり、まったく別の用件で行った文房具店でカレンダーに出会ったり、いろんな奇縁を感じる。深く考えずとも、今、自分がうろうろしている辺りに共通項があり、自分が点単位で興味を持っているものに共通する線があり、面がある。いつもなら「じゃあ面から」となり、そのうちに興味を逸してしまうのだが、今年はあえて点単位でじっくり腰を据えて静かに線を待ったり待たなかったりするような動きがしたいと思っている。

芹沢げ陲鰐声生まれの型絵染の作家だ。作品は布地の型染めに限らず、装丁や蔵書票、絵本、マッチラベルなど多岐に渡っている。竹久夢二川上澄生武井武雄などの版画家もそうだが、作家というよりは今でいえばデザイナー的な活動をしていた。図案ってやつね。とくに竹久夢二に関していえば、美人画にまったく興味を憶えないのだが、デザイナー活動は好きかも。あたしは小さい頃から沖縄の紅型が大好きで、成人式に紅型が欲しいといったら一蹴されたのだが、そういう何の影響も受けてない時の好みってなんなんだろう。音楽にしても何にしても、その頃に好きだと思ったものはいまだに好きだ。だから、紅型に影響を受けた芹沢げ陲梁腓蕕な線と明るい色遣いに単純に惹かれるんだろうと思う。





静岡市立芹沢げ霹術館
東北福祉大学芹沢げ霹術工芸館
日本民藝館HP内の芹沢げ霈匆
大原美術館
| comments(2) | trackbacks(0) | 11:54 | category: 美術 |
# 鳥獣戯画を見に行った
ヒマに乗じて、実は先週サントリー美術館で鳥獣戯画展を見に行ってきた。平日の昼間2時。入場制限が敷かれていて、5分待ちで入った。絵巻物というのは、かじりついて見ながら、勝手にストーリーに妄想を膨らませてナンボであるのだが、みんなかじりつきかぶりつき。自分は鳥獣戯画の甲の部しか知らなかったことがわかった。鳥獣戯画、思ったより謎が多い絵巻物だったことを知る。また戯画というのは筆致を見ると本当に戯画で、何よりも書いている人間が楽しんでいる感じが伝わってくるのがいい。このイキイキした筆致は、実物で見てよかったなあと思った。実は展示は前半と後半で入れ替わっている。やっぱりムリしてでも前半も見たかったものだ。

鳥獣戯画以外にも戯画系の作品があったが、それが下品でナンセンスでよかった。サントリー美術館の収蔵品である男性の陽物合戦(股間にぶらさがってるものの大きさ対決)と放屁合戦。とくに後者は勢いのある線でその風力が表現されていて、馬鹿馬鹿しいのだが見ていて楽しい。遠くにある木に置かれた扇がその風力で割れたり、大きな袋に向かって複数の人がその空気を溜め込もうとしたり。あまりのアホさ加減に笑っていたが、これは人と一緒に見たかった。その感動を伝えたくて、美術アレルギーの父に話したら非常に嬉しそうで、鳥獣戯画展のプログラムを喜んでみていた。

で、あたしもそんな楽しい絵を描いてみたいと思って、その日さっそく鉛筆を買ったが、いまだ手をつけられないでいる。うーん、何合戦にしようかなあ。
| comments(6) | trackbacks(0) | 01:13 | category: 美術 |
# 連休中日ー演劇から個展へ
友人クーシュカが演劇のチケットが当たったというので、ノコノコ着いて行った。「どんな演劇なの?」「知らないけど須藤理彩が出るらしいよ」「どこでやるの?」「見ておくー」。と出掛けた先は、紀伊國屋ホール。「僕と彼と娘のいる場所」というタイトルで、須藤理彩、和田聰宏、石丸謙二郎。石丸謙二郎が父親役、須藤理彩がその娘。その娘は結婚しているのだが、和田聰宏が演じる旦那の浮気で父のいる実家に戻ってきてしまう。それを追って旦那も実家へ。この実家が古い映画館をやっていて、もうお客も入らない。そこに立ち退きが決まり、閉館になってしまう。勝ち気な娘、人のいい父親、お調子者の旦那の3人の劇でテンポのいい舞台にゲラゲラ笑いながら見ていたが、娘と父親の会話から2人が何かを隠しているのが浮かび上がってくる。で、石丸謙二郎の胸を突くような独白に、ついつい周囲のおばさまたちと一緒にポロポロ泣いてしまった。で、最後はまた明るく笑って帰ってくる。石丸謙二郎はいうまでもなく、須藤理彩と和田聰宏もとてもよかった。自分では買わないタイプの演劇なんだけど、いい演劇だった。クーシュカ、ありがとう。

新宿を出てから表参道へまわり、クーシュカを連れて、うりうりさんの個展に行った。本当は職場から近いので平日にフラリと行きたいなあと思っていたのだが、意外にも19時過ぎまでみっちり仕事をしていた今週(19時以降は呑んだりしていたのは認める)。そんなこんなで最終日ギリギリで辿り着いたのだった。会場にはayanoちゃんもいた(想定内)。板に描いたうりうりさんの作品、いずれも女性を描いているのだが、とっても線が艶かしく妖しく美しく、ぽわーんと引き込まれてしまった。時間がないのと照れくさいので、ご本人に作品解説をしていただかなかったのが心のこりではあるが、堪能しました。うりうりさん、ありがとう!あんなステキな女性を描けるうりうりさんは、きっと女性が大好きに違いない。「ほんじゃ、次はガールズトークね!」と別れたが、およそ世間一般のガールズトークから程遠い我々。どんな会話ができるのか楽しみです。で、今個展ブログを読んでて気づいたのだけど、表参道の「しまだ」は、ごまだれうどんが旨いのですね。木曜、いろんな失意のままに夜の11時半頃、カレーうどんを食べたとこだ……。
| comments(4) | trackbacks(0) | 00:42 | category: 美術 |
# 野口里佳「マラブ・太陽」@ギャラリー小柳
銀座に行ったついでにギャラリー小柳に立ち寄る。エレベーターを降りたら、いきなり暗い……あれ?今日ってお休み?ギャラリーを覗き込むと、暗い空間の奥に広がる壁には、ぼんやりと光があった。暗い中で作品だけ光によって浮かび上がっている。フラフラと中へ入って行く我々。今回の展示は写真家・野口里佳の「マラブ・太陽」。いつもお知らせをいただくのだが、その写真の絵だけでなく、この「マラブ」がどうにもこうにも引っ掛かっていたっけ、と思い出す。

写真には鳥が一羽写っている。撮る側と撮られる側は常に一定の距離を保っていて、撮られる側が撮る側を意識している様子もないし、撮る側もそれ以上被写体に近づく様子もない。その鳥がいる場所には木々があり水場らしきものもあるのだが、妙に人工的な空間で後に建物が写っていたりもする。すべての輪郭が曖昧で、ザラリとした質感。でも粗いというわけではなく、その“ザラリ”は目に見えないほどに細かい粒子の集まりという印象だ。それを写真という媒体が、ここで封をしている。よく、料理で表面に火を通して旨味を閉じ込めますとかいうけど、そんな感じかなあ。で、ナイフを入れるとジュワッと肉汁が出て来て、わー、みたいな。……なんか自分のアホさ加減に嫌気がさしてきた。「なんだか不思議だねー」と言い合いながら、引き込まれてゆく。ここの写真にあるのは、鳥の静かな佇まい、正午だったり遅い午後のようだったりする太陽の光、人工的な木々の明るさと暗さ、少し乾いているような空気──写っているものと実際には写ってないものの、さまざまな気配がある。絵のようであって、絵ではない。なんで絵のようなのに絵ではないかというと、作家が野口里佳だから写真でしょ、ではなく、やっぱり絵ではないのだ。「なんだか幻想的だね」とか単純な表現を口にしてみるが、ファンタジックという意味での幻想的ではなく、揺らぎ感がそれに近いかも。ピンホールカメラだからじゃないの?と言われれば、うーん、それもあるのかなあ、うーんと歯切れの悪い返事をしてしまうだろう。長時間じーっと見ていたわけではないのに、今もあの感じが思い出せる。作家の意図を無視して極私的感想でいえば、媒体/媒介としてとても優れていると思うし、という視点はあたしの好みかどうかという点しか示してないのだが、好きだなあ。

ちなみにマラブというのは、コウノトリの一種、らしい。そして撮影されたのはベルリン動物園だった。なるほどと距離感等に合点がいく。

11/30まで。ご興味あれば、是非是非ご覧くださいまし。

★針穴写真を撮るヒト、morioさんもご覧になったらしい→コチラ
| comments(2) | trackbacks(1) | 02:30 | category: 美術 |
# はりたま展に行く
福田麻生の共同記者会見とやらに気をとられTVの前でヤジを飛ばしていたら、すっかりいい時間。洗ってそこらに干しといた、3日くらい前に着たワンピースを引っ被って、すみません。出掛けました。ayanoちゃんに「10分遅れるよー」とメールしたものの、気づけば10分どころでは済まない騒ぎ。電車の中でソワソワと目的地への最短距離を確認していたら、ayanoちゃんも遅れるとのメールが届く。そしたら次の停車駅で本人が乗って来た。しかも、あたしが乗ったドアから。まったく乗り換えに適さず「この車両に乗らんでいいだろ…」というドアから。ayanoちゃん、好きだ。

くっちゃべって無事に乗り換えて四谷三丁目。降りてからもくっちゃべっていたら、目的地をとっくに通り過ぎ、再び道を引き返し着いたのは「グループ 針穴魂 第1回針穴写真展」。会場には、このグループ展の“はりたま”三人衆のmorioさん、そして今回お初にお目にかかったしきはんさんがいらっしゃった。で、花侍ちゃんもいた。で、作者の前で作者の作品を見る、という行為が非常に苦手というか、なんだかすごい照れくさいわけで、照れるポイントが間違ってると思うんだけど、モジモジしてしまう。アホだ。3人の方の写真は、いずれも本当に素敵で、3人それぞれに個性が異なっていて面白かった。あと3人合同企画というのも面白かった。写真も素敵な3人だけど(あ、人物も)、また文章がとても上手で面白い。文章が上手というのは必ずしも褒め言葉ではないと思っているので言い方を変えると、言い方を変えると、すごく長くてエラそうになるのでやめるけど、写真もことばもとっても好きです。

普段からmorioさんの写真はブログとかでは拝見していて「わー、すごく素敵な写真だなあ」と思っていたけれど、実はその裏にはいろんなものがあったことを初めて知った。そんなんだったら全作品解説して欲しいと思ったけど、さんざん会場にいた後だったし、撮った人に生解説してくださいなんて照れていえない…。というような、元来非常に(というか異常に)照れ屋(というか喋るのが苦手)なんだけど、そのポイントがますます変な方向にいってることを、この場を借りてお詫びします。

同じ写真を撮るという行為でも、普通に我々がパチっと撮る行為と針穴写真というのは、時間との付き合い方がまったく異質なんだなあというのも、とても興味深かった点。それってどういう感覚なのかなあと想像しようとしてもできず。morioさんが一日針穴写真入門教室を開いた際には、ぜひ参加したいと思いました。よろしくです。

あとペコちゃん焼きと和久傳のれんこん菓子「西湖」、美味しゅうございました。あの「西湖」のもちもちっぷりと喉越し、たまりませんでしたー。松屋に買いに行っちゃいそう。昨日は人前でいただきましたが、あれを好きな人の前で食べろといわれたら、あたしにとっては結構な羞恥プレイです。照れ死にしそう。……おかしいのかなあ。

残りはあと一日(東京たるび)←この日のmorioさんの日記
はりたま(ayanologはてな館)←この日のayanoちゃんの日記

<追記>
いた人しかわからない追記。途中で、青い妖精さんがやってきた。妖精さんの引力は濃くって、帰り道、ayanoちゃんに「妖精さんが来る前の記憶が全部吹っ飛んだよ!」と話したのだが、いざブログを書いたら抜けていた。記憶を捏造したわけではありません!隠蔽でもありません!あと写真を拒否したのはイヤだったからではなく、照れ屋だからです。悪しからず。そして妖精姿はしっかりと瞼に焼き付いております。今でも。
| comments(4) | trackbacks(0) | 23:39 | category: 美術 |
# ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展
ラフォーレミュージアムで開催中の「ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展」にayanoちゃんと行った。と、久々に文化的な薫りのするようなことを書いてみた。シュヴァンクマイエルだけども。昨年、葉山で大量の2人の作品を見ているのだが、やっぱり今回も見に行かねばなるまいと思っていた。しかし、行って見るとやっぱり既視感があった。「あ、これってジョニオのコレクションじゃん?」と、また嫉妬を感じるも、今回はどこの収蔵品だとか誰の所蔵とか書いてなかったけど、それほど気にならなかったな。でも、展覧会のクレジットに彼の名前があったので、やっぱりコレクションを出しているみたい。ちなみに言うまでもないが、ジョニオとはアンダーカバーの高橋盾氏。シュヴァンクマイエルのコレクターでもある。前回の葉山では彼のコレクションも数多く展示されており、単純に嫉妬と羨望を感じた。今、wikipediaへリンクを貼って初めて知ったのだが、ジョニオの由来はジョニー・ロットンから来ているらしい。今さら知った…。ついでに。ブログにヤンと四川料理に行った話が書いてあります。羨ましい。海外でもクリエイターがバッドテイストなアートをコレクションすることが流行っていて、アートマーケットの価格に影響しているとのこと。ナン・ゴールディンやダミアン・ハーストなど。どこで読んだんだっけな。はて。忘れた。

アルチンボルド風の作品やマックス・エルンストの「百頭女」の影響を受けた作品等々を見る。最後の資料室に行った時、その部屋の解説文に「なんだ、シュールレアリストじゃないか、20世紀の芸術じゃないか、と思われる方もいるでしょうが、では21世紀の芸術は何をしたというのでしょうか」と。だいぶ違うかもしれないけどそのような一文があり、苦笑した。きっと書いた人はシュヴァンクマイエル夫妻の作品を愛しているのに、中々周囲に彼らの作品の良さを理解してもらえない苦労があったのかなあと勝手に思う。おつかれさまです。

今回、目新しいものとしては、江戸川乱歩「人間椅子」をモチーフにした作品があった。これがシュヴァンクマイエルの新作となるそうだ。人間椅子、いい短編である。あの話を最初に読んだ時、江戸川乱歩は絶対に人間椅子経験者ではないかと思った。「人間椅子」をシュヴァンクマイエルが映像化すると聞いても、ハマってるとは思うものの、あまりに意外性がない。どんな作品になるのかわからないが、フツーに見た時に視覚的・触覚的なオバカエロだけだと物足りないので、がんばってほしい。と、僭越ながら上から目線。いや、期待してます。ほんとうに。


会期中、最後の日曜だったからか混んでいた。帰り際には入場制限が行われていたようで、長蛇の列。

★「たわしとほくろの毛」(我が名は十庵)←十庵さんのブログ。そこかい!とツッコミながらも、そこかもと思ってしまう説得力。大いに笑いました。
★「ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展〜アリス、あるいは快楽原則〜」(ayanologはてな館) ←一緒に行ったayanoちゃんのブログ。いっしょにいたはずなのに、そんなことを考えておったのか!

最後に日本のアルチンボルド、国芳を貼っつけてサヨウナラ。
| comments(7) | trackbacks(1) | 21:44 | category: 美術 |
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